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大阪健康安全基盤研究所

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食の安全・安心

この記事は2年以上前に掲載したものであり、最新の情報と異なっている可能性があります。

私達にとって食品衛生上の大きな課題は、10年くらい前までは食の安全を守ることでした。ところが今ではさらに一言追加されて「食の安全・安心」となり、安全と安心がセットになってきました。しかし安全と安心は明らかに違う意味を持つ言葉です。国語辞典では、安全は「危害または損傷・損害を受けるおそれのないこと」と説明され、安心は「気にかかることがなく心が落ち着いていること」と説明されています。客観的な事実と主観的な心情をひとまとめにしてしまう傾向が過剰になり、心情に振り回されているのが現状ではないでしょうか。

安心しにくい事情

国産牛のBSE(牛海綿状脳症:一般的には狂牛病)感染、ダイエット食品による健康被害、ノロウイルスによる食中毒多発、中国製冷凍餃子食中毒事件、中国でのメラミン汚染粉ミルクによる中毒発生など、これまでに経験のない食の安全が脅かされた事例が頻発しました。元々外国の事例と思われたことでも、輸入食品への依存率が高いので順次国内に波及しました。直接安全性に関係しなくても、食品の産地や素材の偽装、賞味期限の不適切な改ざんなどの事例が繰り返し大きく報道されると、食品に対する信頼感が薄れ、漠然とした不安感が高まっても不思議ではありません。人にBSEが感染しても治療法が無いことは大きく報道されましたが、国内で流通している食肉類を食べてBSEに感染した人が一人もいないことは同じようには報道されていません。

一般市民を対象にした食品の安全性に関する調査では、食品中の残留農薬、食品添加物など食品中の化学物質に対して不安を持つ割合が高くなります。一方食品衛生に関わる専門家の考えでは、食中毒菌など微生物汚染が重要であると答えます。

食中毒の原因

典型的な食品による健康被害は食中毒です。図1に示すように、厚生労働省は毎年食中毒の事例をまとめていますが、その原因の大半は細菌やウイルスなど微生物が原因です。一部、フグ、きのこ、野草など天然の化学物質(自然毒)由来の中毒はあります。これらの天然物による中毒では、本来食べることを避けるべき物を食べることにより起こっています。一方、作物栽培による残留農薬、食品の製造・加工に使用した食品添加物、家畜の飼育で使用した動物用医薬品などが原因の食中毒は国内では起こっていません。

図1
図1 平成17年から平成21年の5年間の食中毒事例の原因

細菌による食中毒では、特定の食品が細菌汚染されていることがあります。生(ナマ)で食べることを避けるべきである食品を、飲食店が提供し、また消費者がそれを好んで食べることが原因と考えられる中毒が頻発しています。国や大阪府は、生肉や加熱が不十分な肉の料理を食べないように注意喚起しています。

化学物質の検査結果

国は、農業を含めて食品の生産や加工使用される化学物質により、食の安全が脅かされないようにするために、食品衛生法で残留基準値を定めています。基準値以下の濃度であれば安全であることを国が保証しています。また基準値には安全係数があり、少々基準値を超えても健康被害を引き起こすようなことはありません。

公衆衛生研究所では毎年食品中の化学物質について1,000件以上の検査を行っていますが、基準値を超えるのは数件で1%以下の非常に低い割合です。違反事例でも各物質の1日許容摂取量(ヒトがある物質を毎日一生涯摂取し続けても、現在の科学的見地から見て健康への悪影響がないと推定される一日あたりの摂取量)を考えると、健康上の問題を考えなくても良いレベルでした。府民の関心が高い残留農薬では、検出された農薬の90%以上は基準値の1/10以下の濃度です。食品に複数の農薬が残留していても、それらを食べることにより健康被害などが起こる可能性は考えられず、食の安全は確保されている状態でした。このような状況は、国や他の自治体による検査結果でも同様で、事件や事故を除いて、化学物質の検査結果から特定の食品を緊急回収する事例はありませんでした。

食のリスク

食の安全・安心をリスクという観点から考えてみましょう。

国の食品安全委員会は、食のリスクとは、食品中にハザードが存在する結果として生じる人の健康に悪影響が起きる可能性とその程度(健康への悪影響が発生する確率と影響の程度)と説明しています。ハザードとは、食品中の人の健康に悪影響を及ぼす可能性のある物質または食品の状態を示します。おおざっぱに言えば、食品中の化学物質なども含めた食品の危険な度合いと、その食品をどれだけ食べるかでリスクを説明できます。塩や砂糖はハザードは小さいですが、摂取量が多いとリスクが大きくなり、場合によっては致命的です。

通常、残留農薬や食品添加物などの基準値を決めるときは、それぞれの物質についてリスクを科学的に評価します。リスクをゼロにすることは不可能ですが、適切な管理によりリスクを下げることは可能です。基準値はその値を超えなければ余裕を持って安全が保たれており、食べるリスクを実質上問題にしなくてよいと考えられます。

社会ではリスクを考えるときに、ハザードの大きさが強調され、ハザードの濃度や摂取する割合などを考えないような評価をされてしまいます。その典型が発がん物質や治療法のないBSEですが、厳しく規制することにより、元々高くないリスクを下げたように安心しているかもしれません。

その逆ともいえるのが、中国で起こったメラミン混入粉ミルクによる乳児の中毒です。メラミンは尿路結石などを起こしましたが、深刻な毒性を示す物質とは考えられていません。しかし乳児は中毒を起こす濃度の粉ミルクを主食としており、メラミンを体内に入れる確率が非常に高くなり、重篤な健康被害を生じたと考えられます。

食の安全が確保されてこそ安心して食べれるのです(そういう意味で、安全安心は一体だと考えられます)。我国では食品で何かトラブルが起これば、安全であっても回収廃棄されますが、ドイツやイギリスなどでは残留農薬が基準値を超えても、安全であると判断されれば回収されません。

安全が確保されていない食品を安心して食べることにより中毒を起こしたり、安全が確保されている食品に対して安心できない人もいます。このような現状は、食品の安全、特にリスクの管理にとって大きな問題ではあり、「食の安全・安心」のようにセットで扱われると、簡単には解決できないかもしれません。

衛生化学部長 尾花 裕孝

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衛生化学部 食品化学1
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