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大阪健康安全基盤研究所

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Escherichia albertiiの選択的増菌培地について検討しました

掲載日:2022年6月1日

はじめに

Escherichia albertii2003年に新種として登録された新興下痢症起因菌です。E. albertiiは遺伝学的にE. coli(大腸菌)に近縁であり、生化学的性状も類似していることから、しばしば大腸菌と誤同定されます。2016年に沖縄県で発生したE. albertiiを原因とする大規模な食中毒事例をはじめとして、国内を中心に本菌による食中毒事例が複数例報告されています。食中毒の原因究明においては、食品から原因菌を分離することが重要になりますが、これまでにE. albertii分離のための選択的増菌培地の報告はなく、食品から本菌を分離することは容易ではありませんでした。そこで、大阪健康安全基盤研究所細菌課では、E. albertiiの選択的増菌培地について検討しました。

増菌培地の検討結果

まず、基礎培地について検討しました。既存の食品検査用培地である、緩衝ペプトン水(BPW)、変法EC培地(mEC)、および変法トリプトソイブロス(mTSB)を使用し、各基礎培地におけるE. albertiiおよび志賀毒素産生性大腸菌(STEC)の増殖曲線を比較しました。STECの検査用培地であるmECを使用した場合、E. albertiiの発育はSTECと比較して不良でした。BPWmTSBを使用した場合、いずれの培地でもE. albertiiSTECで同程度の発育を認めましたが、24時間培養後の濁度はmTSBを使用した方が高くなりました。以上の結果から、基礎培地としてmTSBを採用しました。

続いて、選択剤について検討しました。ノボビオシン(NOV)、セフィキシム(CFX)、亜テルル酸カリウム(PT)を検討に使用しました。寒天平板希釈法により各選択剤に対する最小発育阻止濃度を測定したところ、E. albertiiに対するPTの最小発育阻止濃度は、他の腸内細菌目細菌と比較して高い値を示しました。また、供試したすべてのE. albertiiが、一般に選択剤として使用される濃度である、20 mg/LNOV、あるいは0.05 mg/LCFXを含む培地で発育しました。Proteus属菌などの一部の細菌は、PTに自然耐性を示すことから、E. albertiiの選択的増菌のためにはPTを単独で使用するよりも、複数の選択剤を組み合わせて使用する方が有効であると考えられました。選択増菌培地に使用するPT濃度を検討するために、20 mg/LNOV0.05 mg/LCFXを含むmTSBに様々な濃度のPTを添加して、E. albertiiの増殖曲線を比較しました。その結果、PTの濃度依存的にE. albertiiの発育遅延が認められましたが、PT濃度が1 mg/L以下では、24時間培養後の濁度に差は認められませんでした。これらの結果から、20 mg/LNOV0.05 mg/LCFX、および1 mg/LPTを含むmTSBNCT-mTSB)をE. albertiiの選択的増菌培地候補として、さらに検討を進めました。

mTSBNCT-mTSBを用いて培養液の濁度を比較したところ、E. albertiiではいずれの培地でも十分な発育を認めました。一方、大腸菌および赤痢菌の一部と、Escherichia/Shigella属を除くすべての腸内細菌目細菌では、NCT-mTSBで有意に濁度が低下しました。続いて、E. albertiiNCT-mTSBに接種し、37℃、40℃、42℃、44℃で24時間培養後の濁度を比較したところ、いずれの培養温度でも濁度に差は認められませんでした。一方で、大腸菌および赤痢菌では、44℃で培養時に濁度が低下しました。これらのin vitro試験の結果は、NCT-mTSBを用いて44℃で培養することにより、E. albertii以外の夾雑菌の発育を抑制し、E. albertiiを選択的に増菌できることを示唆しています。

最後に食品検体にE. albertiiを実験的に添加し、NCT-mTSBで増菌培養後にE. albertiiが分離されるかを確認しました。ここでは、E. albertiiの自然汚染食品の1つとして報告されている鶏肉を食品検体として選択しました。分離平板には、DHL培地から乳糖および白糖を除外し、キシロースおよびラムノースを添加した培地(XR-DH)を使用しました。検体10 gあたりにE. albertii1.5 CFU1,500 CFU添加した鶏肉について、NCT-mTSBで増菌培養後、XR-DHで分離培養したところ、E. albertii15 CFU添加した鶏肉6検体すべてからE. albertiiが分離され、さらに6検体中2検体では1.5 CFUを添加した鶏肉からもE. albertiiが分離されました。また、BPWmEC、ノボビオシン加mTSBと比較した結果、NCT-mTSBを使用した場合に鶏肉からのE. albertiiの分離陽性率が有意に高くなりました。

XR-DH平板の写真
NCT-mTSBで選択的増菌培養後にXR-DHで分離培養した写真。平板上の白色集落がE. albertiiの集落。10 gあたりE. albertii12 CFU添加した鶏肉を使用した例。

今後の課題

本研究の結果、NCT-mTSBを用いて44℃で培養することで、夾雑菌の発育を抑制し、E. albertiiを選択的に増菌できることが明らかになりました。一方で、PTの添加や高温での培養は、E. albertiiの発育にも抑制的に働きます。そのため、食品中のE. albertiiが損傷を受けている場合には、本増菌培養法は必ずしも有効でない可能性があり、より選択性の弱い培養法との併用が望ましいと考えられます。例えば、サルモネラ属菌の食品検査では、選択的増菌の前段階として、非選択培地による一次増菌のステップが設けられています(ISO 6579:2002, NIHSJ-01:2019)。損傷菌も含めたE. albertiiの検出のためには、前増菌の有無も含めて、更なる培養条件の検討が必要であると考えています。また、本研究ではE. albertiiを実験的に添加した鶏肉を用いて、培地の性能を評価しました。今後、自然汚染検体を使用して、本増菌培養法の有効性を改めて確認する必要があります。

本増菌培養法を利用する際の注意点

  • NCT-mTSBの増菌培養液からDNAを抽出する際、アルカリ抽出法ではPCR阻害により遺伝子増幅が認められない例を経験しています。増菌培養液から遺伝子スクリーニング等を実施する場合は、カラム等を用いたDNA精製法の利用を推奨します。
  • 44℃より高い培養温度ではE. albertiiの発育が強く抑制されるため、培養温度の管理が重要となります。可能であれば培養温度が比較的安定する恒温水槽を用いて培養することを推奨します。
  • 培地等については、製造業者によってE. albertiiの発育が異なる例を経験しています。すべての製品を検討した訳ではありませんので、本増菌培養法を利用する際は、単離菌株を使用して事前に発育を確認することを推奨します。



本研究成果は、20223月に「Journal of Applied Microbiology」に掲載されました。詳細は本誌をご覧ください。

Wakabayashi Y., Seto K., Kanki M., Harada T., Kawatsu K. (2022) Proposal of a novel selective enrichment broth, NCT-mTSB, for isolation of Escherichia albertii from poultry samples. J Appl Microbiol. 132(3):2121-2130. doi: 10.1111/jam.15353.

 

お問い合わせ

微生物部 細菌課
電話番号:06-6972-1368