患者便からのKudoa septempunctata遺伝子検出法
近年、ヒラメを生食した際に食後数時間で一過性の嘔吐、下痢等の症状を呈する事例が多く報告され、その原因としてヒラメの筋肉内に寄生した新種の粘液胞子虫(Kudoa septempunctata )1)が関与していることが明らかになりました2)。
本寄生虫が起因と考えられる有症事例は食中毒として取り扱うことになりましたが(平成23年6月17日付け食安発0617第3号)、保健所が調査を開始した段階で、喫食残品のヒラメがすでに消費されていることが多く、原因物質特定のための検査ができない事例が発生しています。
そこで、当所では、患者由来検体、特に患者糞便からK. septempunctata の遺伝子を検出する方法を開発しました3) 4)。食中毒の発症機序はまだ解明されていませんが、本寄生虫がヒトの消化管で増殖するとは考えられていないため、この試験法は大量に摂取されたK. septempunctata 胞子の遺伝子の一部を糞便中から検出していると考えています。
この試験法は「糞便からのDNA抽出法」とその抽出したDNAからK. septempunctata 遺伝子を特異的に検出する「リアルタイムPCR法」の2部分から構成されています。どちらも、平成28年4月27日生食監発0427第3号(別添)で通知された「ヒラメからのKudoa septempunctata の検査法」とは異なっていますのでご注意ください。
糞便からのDNA抽出
器具および試薬
遠心分離装置(マイクロチューブおよび15ミリリットル遠心チューブ用)、FastPrep Instrument (MP Biomedicals)、マイクロピペット及び滅菌チップ、滅菌先細スポイト、マイクロチューブ(1.5ミリリットル、2.0ミリリットル)、15ミリリットル遠心チューブ、FastDNA SPIN Kit for Soil(MP Biomedicals)
患者便からのDNA抽出
FastDNA SPIN Kit for Soilの取扱説明書に準じ、若干の変更を加え、以下の方法でDNAを抽出する。
- Lysing Matrix E tube(注1)に患者糞便検体(注2)300ミリグラムを秤量する。
- Sodium Phosphate Buffer(注1)489マイクロリットルを加える。
- 転倒混和し、Lysing Matrix E tubeのビーズと試料液を混ぜる。
- 10,000rpmで数秒遠心する。
- さらにSodium Phosphate Buffer 489マイクロリットルを加える。
- MT Buffer(注1)122マイクロリットルを加える。
- FastPrep Instrumentにより、速度6.0で40秒間破砕する。
- 14,000遠心加速度で5分間遠心する。
- 2.0ミリリットル マイクロチューブに250マイクロリットルのPPS solution(注1)を入れた後、遠心上清の全量を加えて、転倒混和する。
- 14,000遠心加速度で5分間遠心する。
- 15ミリリットル遠心チューブに再懸濁したBinding Matrix(注1)1ミリリットルを入れた後、遠心上清の全量を加える。
- 2分間転倒混和後、3分間静置する。
- 毎分3,000回転で数秒遠心する。
- 沈渣を崩さないよう注意しながら、滅菌先細スポイト等で上清をすべて捨てる。
- 遠心沈渣に1ミリリットルのSEWS-M(注1)(使用前にエタノールで希釈)を加え、転倒混和によって再懸濁する。
- 3分間静置後、マイクロピペットで上澄み液を捨てる。このとき、Binding Matrixを吸いとらないように注意する。
- Binding Matrixをピペッティングにより再懸濁し、全量(約600マイクロリットル)をSPIN Filter(注1)に移した後、14,000遠心加速度で1分間遠心する。
- Catch tube(注1)を交換し、乾燥のために14,000遠心加速度で2分間遠心する。
- Catch tubeを1.5ミリリットル マイクロチューブに交換し、室温で5分間放置する。
- 100マイクロリットルのDES(DNase/Pyrogen-Free Water)(注1)を加え、チップを使いFilter上でBinding Matrixと懸濁する。
- 14,000遠心加速度で1分間遠心する。
- 溶出液をDNA抽出液として使用する。
注2:冷凍保存ではなく、冷蔵保存された糞便検体を使用する。
リアルタイムPCRによる検出
器具および試薬
リアルタイムPCR装置(ABI PRISM7900HTまたは同等品)、反応チューブ、Premix Ex Taq (Perfect Real Time)(TaKaRa)、Primer、Probe、精製水(PCRグレード)、マイクロピペット及び滅菌チップ
PCR反応
表1に基づいて反応液を調製する。表1の1~6を混合し、各反応チューブに分注する。これにDNA抽出液、陽性コントロール、陰性コントロール(精製水)のいずれかを2マイクロリットル加える。軽く遠心後、リアルタイムPCR反応を行う。PCR増幅反応は、摂氏95度で30秒間反応させた後、摂氏95度で5秒間と摂氏60度で31秒間を50サイクル実施する。
結果判定
Threshold lineをデルタRn;0.35に設定し、Ct値が41以下を示した検体をK. septempunctata 遺伝子陽性と判定する。
留意点
現在のところ、K. septempunctataはヒトの消化管では増殖しないと考えられている。そのため、この試験法は大量に摂取された当該粘液胞子虫の遺伝子の一部を糞便中から検出しているものと推測される。
2012年7月までに西日本で発生した生食用ヒラメに起因する30件の食中毒事例において、患者便90検体を解析したところ、喫食から糞便検体採取までの期間が3日未満の検体では陽性率が68.3%であるのに対し、3日以上の検体では25.9%であった。
従って、喫食から糞便検体採取までの期間が検査結果に大きく影響すること、及び発症直後に採取した糞便であっても陰性となりうることに十分留意し、本試験法を食中毒調査に応用することが望ましい。
患者便からのKudoa septempunctata遺伝子検出法Q&A
質問1:ヒラメ以外の生鮮用魚類を喫食した食中毒事例にも適用できますか?
回答1:本試験法はK. septempunctata を特異的に検出するように設計されています。現在のところ、K. septempunctataはヒラメとウマズラハギにしか寄生しないと考えられていますので、これら以外の魚種に寄生するKudoa属粘液胞子虫は対象外となります。
質問2:無症状であっても陽性になることはありますか?
回答2:留意点にも書かれているように、この試験法は大量に摂取されたK. septempunctata 胞子の遺伝子の一部を糞便中から検出しているものと推測されます。従って、無症状であっても検出される可能性はあります。本食中毒の症例定義と合致した患者さんの糞便検体に使用してください。
質問3:冷凍保存した糞便検体では使用できませんか?
回答3:検討していないので不明です。冷蔵保存検体でしか検討していません。
質問4:凍結したヒラメを喫食した場合も検出されますか?
回答4:検討していないので不明です。凍結したヒラメは食中毒を起こしません。生食用ヒラメを喫食して発症していることが前提になります。
質問5:FastPrep Instrument(MP Biomedicals)のかわりにボルテックスを使用できますか?
回答5:比較検討していません。
参考文献
- Matsukane, Y., H. Sato, S. Tanaka, Y. Kamata, and Y. Sugita-Konishi. 2010. Kudoa septempunctata n. sp. (Myxosporea: Multivalvulida) from an aquacultured olive flounder (Paralichthys olivaceus) imported from Korea. Parasitol. Res. 107: 865-872.
- Kawai, T., T. Sekizuka, Y. Yahata, M. Kuroda, Y. Kumeda, Y. Iijima, Y. Kamata, Y. Sugita-Konishi, and T. Ohnishi. 2012. Identification of Kudoa septempunctata as the causative agent of novel food poisoning outbreaks in Japan by consumption of Paralichthys olivaceus in raw fish. Clin. Infect. Dis. 54: 1046-1052.
- Harada, T., T. Kawai, H. Sato, H. Yokoyama, and Y. Kumeda. 2012. Development of a quantitative polymerase chain reaction assay for detection of Kudoa septempunctata in olive flounder (Paralichthys olivaceus). Int. J. Food Microbiol. 156: 161-167.
- Harada, T., T. Kawai, M. Jinnai, T. Ohnishi, Y. Sugita-Konishi, and Y. Kumeda. 2012. Detection of Kudoa septempunctata 18S rDNA in patient fecal samples from novel foodborne outbreaks caused by consumption of raw olive flounder (Paralichthys olivaceus). J. Clin. Microbiol. 50: 2964-2968.
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