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大阪健康安全基盤研究所

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トイレで気づく食中毒、日本海裂頭条虫症

掲載日:2022年4月28日

食中毒は、細菌、ウイルス等の病原微生物、貝毒等の自然毒またはヒスタミン等の化学物質で汚染された食べ物や飲み物を摂取することで引き起こされます。主な自覚症状として、腹痛、下痢、嘔吐、発熱、じんましん等が認められます。ところが今回ご紹介する日本海裂頭条虫(寄生虫は原虫、吸虫、条虫、線虫に大別され、このうち条虫は成虫の形態が真田紐に似ていることから“サナダムシ”とも呼ばれています)による食中毒では、消化器症状が軽い、または自覚症状が現れにくいという特徴があります。「肛門から白い紐のようなものが出てきた!!」と驚いて受診される患者さんが多いようです図1。実はこの寄生虫、日本の食中毒事件数では、アニサキスに次いで2番目に多いと推測されます。

 

日本での発生件数は?

日本海裂頭条虫は、アニサキスと同様に、寄生虫による食中毒病因物質の一つです。アニサキス食中毒の毎年の届出件数はこの数年350件前後と国内最多ですが(実際は未届けの症例が多数あり、年間の発生は7000件と推測されています)、日本海裂頭条虫による食中毒は、食品衛生法施行規則改正後の20131月~202112月までに、わずか1件のみ届出されています(参考文献12)。しかし、ある臨床検査機関の検査データ(参考文献3)によれば毎年40件ほど確認されており、さらに、国立感染症研究所による調査(参考文献4)では、実にその10倍(毎年400件前後)もの件数が明らかとなっています。本症と診断された場合、アニサキスと同様に最寄りの保健所への届出が必要となりますが、その届出義務が十分に認識されていないものと推測されます。アニサキスに次いで届出件数が多いカンピロバクターでも毎年の届出は200件前後なので、日本海裂頭条虫症の未届けの件数を考慮すると、日本ではアニサキスに次いで2番目に発生件数の多い食中毒と推測されます。

 

ヒトは何を食べて感染するのでしょうか?

日本海裂頭条虫の幼虫は、タイヘイヨウサケ属に含まれる天然のサクラマス、カラフトマス、トキシラズ(春から初夏にかけて漁獲される未成熟なサケ)等の筋肉に寄生するため、ヒトはその生食で感染します。寄生率はサクラマスで12.2%(10/82、陽性数/調査数)、カラフトマスで18.5%(5/27)であり、トキシラズでは51.1%(24/47)とかなり高いことが知られています(参考文献5)。患者の発生は通年見られますが、特に感染源となるマス・サケの水揚げシーズンである37月に多発しています。大安研の検査実績(20072020年)においても、日本海裂頭条虫は、ほとんどが3月から7月に検出されています(参考文献6)。

 

日本海裂頭条虫による食中毒を予防するために

感染源となる天然のタイヘイヨウサケ属の魚類の生食を控えることが、最善の予防策と考えられます。天然の同魚類にはアニサキスも寄生している可能性があり、両寄生虫による食中毒予防には56℃以上の加熱が重要です。また、それらを刺し身や寿司として喫食する場合、筋肉内幼虫の死滅には−20℃以下、24時間以上の冷凍が有効です。スーパーマーケットで目にする機会が多いアトランティックサーモンやトラウトサーモンは、冷凍または生の状態で輸入されていますが、ともに養殖物であることから日本海裂頭条虫やアニサキスに感染している可能性は極めて低く、生食については一般に安全と考えられています。

 

日本海裂頭条虫の生活環

日本海裂頭条虫の生活環を図2に示します。固有宿主はヒトやクマ等の野生動物で、それらの消化管に成虫として寄生します。幼虫が寄生する宿主を中間宿主と言います。本寄生虫の場合は、ケンミジンコとサケ、マス類が中間宿主となります。すなわち、便とともに排泄された虫卵は水中で幼虫(コラシジウム)へと発育し、ケンミジンコ等の甲殻類(第一中間宿主)に捕食されプロセルコイドと呼ばれる幼虫に発育します。このケンミジンコをサケやサクラマス(第二中間宿主)が捕食するとその筋肉内でプレロセルコイドと呼ばれる12cm程度の乳白色の幼虫に発育します。ヒトは生または加熱不十分な感染魚を食べて感染します。幼虫が1ヶ月前後で成虫に発育すると、便中に虫卵が見られ、また、排便時に虫体の一部が排泄されることもあります。

ところで、サケやサクラマスはどこで日本海裂頭条虫に感染しているのでしょうか?クマ等の野生動物が生息する河川流域において、サケやサクラマスの淡水生活期の個体からは幼虫が検出されておらず、海洋に出てからもしばらくは寄生が見られません。このため、ともにオホーツク海またはベーリング海~アラスカ湾に至る北太平洋の回遊中に感染していると推測されます。もしそうだとすれば、広大な大海原に、これまで確認されていない固有宿主が存在しているのかもしれません。

Fig1.jpg
1関西の医療機関にて駆虫後に排泄された日本海裂頭条虫(長さ約8m) 。虫体は乳白色で、前方は細く後方は太い。
Fig2.jpg
2日本海裂頭条虫の生活環


参考文献

1.森嶋ら、食中毒としての日本海裂頭条虫症.日本臨床寄生虫学会誌、3246-482021.

2.4.食中毒統計資料-厚生労働省.(外部サイトにアクセスします)

3.Ikuno H et al., Epidemiology of Diphyllobothrium nihonkaiense Diphyllobothriasis, Japan, 2001-2016. Emerg Infect Dis, 24, 1428-1434, 2018. (外部サイトにアクセスします)

4.山崎ら、レセプトデータに基づいたわが国における裂頭条虫症の発生動向. 第87回日本寄生虫学会講演要旨、81、2018.

5.Suzuki J et al., Detection and identification of Diphyllobothrium nihonkaiense plerocercoids from wild Pacific salmon (Oncorhynchus spp.) in Japan. J Helminthol, 84, 434-440, 2010.(外部サイトにアクセスします)

6.Abe N et al., Global analysis of cytochrome c oxidase subunit 1 (cox1) gene variation in Dibothriocephalus nihonkaiensis (Cestoda: Diphyllobothriidae), Curr Res Parasitol and Vector-Borne Dis, 1, 100042, 2021.(外部サイトにアクセスします)

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電話番号:06-6972-1402