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大阪健康安全基盤研究所

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感染症の発生・流行把握をめざし下水サーベイランスの実証研究に取り組んでいます

国内における 感染症の発生・流行状況の調査(感染症サーベイランス)は、病院を受診された感染者の情報を収集・分析し行われています。これに加えて下水から検出された病原体遺伝子の情報を感染症サーベイランスに活かすことを目的に研究を開始しました。 これを“下水サーベイランスの実証研究”といいます。 

下水と感染症

下水道は私たちの日々の暮らしに欠かすことのできない社会インフラです。下水道法では、下水道を整備し、都市の健全な発達及び公衆衛生の向上に寄与することを目的としており、下水道の普及は感染症の減少に大きく寄与しています。大阪府の下水道普及率は令和5年度末時点で97.1%となっており、全国平均を上回っています。下水には主にトイレ、お風呂、洗面、洗濯、調理などで使用した排水(汚水)が含まれ、下水処理場で浄化されています。普段、下水のことを意識することはあまりないと思いますが、日々の暮らしのなかで下水道のお世話にならない日はありません。私たちが病原体に感染した場合、その病原体は体内で増殖し、多くの場合、体外へ排出されます。便や尿に排出された病原体は下水に含まれていることが考えられます。そこで、感染者が病院を受診したかどうかに関わらず、下水中の病原体を調べれば感染症の発生・流行の状況を把握できる可能性があります。下水中の病原体調査の歴史は古く、ウイルスでは1940年代、Dr. JR PaulとDr. JD Traskが下水中のポリオウイルスの存在を証明しました。
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下水からの病原体遺伝子の検出

ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法の発展によって下水中の病原体遺伝子を検出することが可能となりました(当所のhttps://www.iph.osaka.jp/s007/020/011/PCR.html「PCR~発明と発展~」(2024年8月30日掲載)をご覧ください)。例えば新型コロナウイルスは呼吸器症状を引き起こしますが、腸管の細胞でも増殖するため便とともに排出されます。このため下水から新型コロナウイルス遺伝子を検出することができ、検出された遺伝子は何コピーあるのか数値化することができます。コピー数は感染者数と関連しており、その変化は感染者数の推定にも応用することができます。さらに、ウイルスは変異することもあり、下水から検出した病原体遺伝子の変異の割合も明らかにすることができます。これによって変異株の出現を追跡することもできます。つまり下水を使用した病原体遺伝子の検出には1. 感染者の病院受診や検査受検といった行動に左右されないこと、2. 発症していないいわゆる不顕性感染者も調査対象に含まれること、3. 感染者の特定につながらずプライバシーを守りながら調査が実施できること、4. 地域社会の感染症の流行を探知できるため、流行拡大前に対策が可能となること、5. 下水流域人口の臨床検査費用に対し費用対効果が高いことなどの利点があります。その一方で、下水からの病原体遺伝子検出には課題もあります。一点目は検出方法に対する下水に含まれる阻害物質の影響を低減する方法や、検出効率を上げるために下水を濃縮する方法を最適化する必要があることです。二点目は、下水から検出された病原体遺伝子の情報と感染症発生との関連性を明らかにすることが必要です。これらの課題を解決することで下水資源を活かした感染症に関する公衆衛生対策に貢献することが可能となります。下水サーベイランスは、下水資源を有効活用し、新たな公衆衛生への寄与を提案するものです。 

万博開催に向けて

昨年度、私たちは1年をかけて、下水からの病原体遺伝子の検出方法を研究してきました。その結果、新型コロナやインフルエンザ、感染性胃腸炎といった流行する感染症の原因ウイルス遺伝子を下水から検出することで、これらの感染症の流行と下水に含まれる病原体遺伝子のコピー数との関係を分析できるようになりました。2025年4月から10月まで開催される大阪・関西万博では多くの訪日客が大阪に来阪します。このようなイベントを国際的なマスギャザリングといいます。本万博は新型コロナに対する行動制限が解除されて以降、初めての長期間開催される国際イベントです。病原体に国境はありませんから、本万博開催に伴い、流行する感染症に今までとは異なった何らかの流行への変化が起こるかもしれません。さらに輸入感染症といわれる麻しんやデング熱が発生するかもしれません。大安研では安心安全な開催にむけて感染症サーベイランスを強化(強化サーベイランス)していますが、大阪大学、大阪公立大学とともに下水サーベイランス実証研究にも取り組み、感染症サーベイランスをサポートしていきます。
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参考文献

  1. Paul JR, Trask JD, Gard S. II. Polio myelitic virus in urban sewage. J Exp Med. 1940 May 31;71(6):765-77. doi: 10.1084/jem.71.6.765. PMID: 19870997; PMCID: PMC2135110.
  2. Trask JD, Paul JR; Technical Assistance of John T. Riordan. Periodic examination of sewage for the virus of poliomyelitis. J Exp Med. 1942 Jan 1;75(1):1-6. doi: 10.1084/jem.75.1.1. PMID: 19871161; PMCID: PMC2135222.
  3. Polo D, Quintela-Baluja M, Corbishley A, Jones DL, Singer AC, Graham DW, Romalde JL. Making waves: Wastewater-based epidemiology for COVID-19 - approaches and challenges for surveillance and prediction. Water Res. 2020 Nov 1;186:116404. doi: 10.1016/j.watres.2020.116404. Epub 2020 Sep 9. PMID: 32942178; PMCID: PMC7480445.
  4. Toro L, de Valk H, Zanetti L, Huot C, Tarantola A, Fournet N, Moulin L, Atoui A, Gassilloud B, Mouly D, Jourdain F. Pathogen prioritisation for wastewater surveillance ahead of the Paris 2024 Olympic and Paralympic Games, France. Euro Surveill. 2024 Jul;29(28):2400231. doi: 10.2807/1560-7917.ES.2024.29.28.2400231.PMID: 38994605

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微生物部 ウイルス課
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