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大阪健康安全基盤研究所

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新型コロナウイルス感染症の病態

掲載日:2020年8月21日

新型コロナウイルスの特徴

   新型コロナウイルスはコロナウイルス科の一種で、ベータコロナウイルス属に属する。因みに、SARSコロナウイルスとMERSコロナウイルスも同じ属である。遺伝子系統樹で解析すると、新型コロナウイルスはSARSコロナウイルスと80%のホモロジーがあり、極めて近縁でSARS-CoV-2とも呼ばれている。しかし、最も近縁なのはコウモリのウイルスで96%のホモロジーがあり、SARSコロナウイルスも新型コロナウイルスもコウモリのコロナウイルスから生まれたと考えられている。

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    図1:新型コロナウイルスの
            宿主細胞への結合様式

   コロナウイルス粒子は形態学的に特徴のある“王冠(コロナ)様”突起(スパイク)を持つ。このスパイクは3分子のS蛋白で構成され、ウイルスが細胞に感染する最初のステップで重要な役割を果たす。新型コロナウイルスとSARSコロナウイルスのS蛋白は、細胞表面にあるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)というレセプターに結合する。(図1)ACE2は心機能や血圧調節に大きく関与している酵素である。結合後、S蛋白は蛋白分解酵素(プロテアーゼ)で活性化され、酸性条件下で構造変化を起こし、ウイルスエンベロープと細胞膜が融合してウイルスRNAが細胞質内に侵入する。この感染機構はインフルエンザウイルスと似ている。新型コロナウイルスの遺伝的特徴は、SARSコロナウイルスにはないRRARというアミノ酸配列が挿入されていることで、強毒型インフルエンザウイルスと同様に全身の臓器に存在するフューリンというプロテアーゼで活性化される。

重症化の要因

   新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による症状は多彩で、無症候者から重篤な症状を示し死亡に至るまで幅が広い。若いヒトは軽症で、高齢者や基礎疾患を有するヒトが重症化するのが特徴で、この傾向はSARSも同様である。その重症化の要因は今後解明されてくると思うが、SARSの病態については多くの研究があり参考になる。まずウイルスが体のどの部位に感染し、どのようにして増殖が進行するかというのがキーとなる。ウイルスはS蛋白を介してACE2を発現している細胞に感染する。この細胞は様々な臓器に存在するが、発現の程度は臓器によって大きく違い、上気道では弱く、肺胞と小腸にある上皮細胞が特に強く発現していることが証明されている。そのため、SARSコロナウイルスは上気道にほとんど感染しないが、肺と小腸でよく感染する。一方、新型コロナウイルスは肺だけでなく上気道にも感染する。それは、新型コロナウイルスのACE2に対する結合力が、SARSコロナウイルスのそれよりも10から20倍強いからだと報告されている。SARSコロナウイルスが大きな流行を起こさず終息し、新型コロナウイルスが大流行を起こしているのは、このことを反映したものと考えられる。

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図2:ARDS進行の模式図

   新型コロナウイルスに感染しても自覚症状はないが、単純X線撮影や胸部CTで“すりガラス様陰影”を示すヒトがいる。間質性肺炎という像であり、軽症だと気の付かないままに回復するようである。しかし、高齢者や基礎疾患を有する感染者の一部は肺胞性肺炎を起こし、急速に症状が悪化して死に至る。新型コロナウイルスの増殖スピードはインフルエンザウイルスに比べるとかなり遅い。患者から長期間ウイルスが排出されるのもそれを反映していると考えている。高齢者では不十分なガス交換、さらに胃酸の気管内への逆流により肺胞内の酸性度が急速に高くなり、肺胞上皮細胞に感染していたウイルスの増殖が一気に進む。この感染細胞を排除するため免疫系が過剰に反応し、生体に様々な障害を起こす。いわゆるサイトカインストームというものである。肺胞に接する毛細血管が障害されて透過性が高まり、浸出液で肺胞が満たされる(図2)とARDS(急性呼吸窮迫症候群)を呈する。これを防ぐには人工呼吸器の装着が重要で、装着の有無で生死が分かれると考えられる。

   ACE2がS蛋白のレセプターということで、大量のウイルスが産生されればACE2が枯渇してくる。ACE2はレニン‐アンギオテンシン系を調節する重要な酵素で、ACE2の発現の低下は血圧上昇や心機能の障害を招き、さらに肺障害を加速させる。上述の肺の酸性化とACE2の発現低下という相乗作用が新型コロナウイルスによるARDSの大きな要因と考えられる。現在、ACE2を治療薬として実用化するための研究が行われている。

   COVID-19は人類がこれまで経験したことのない特異な感染症であり、その大きな要因はSARS-CoV-2のレセプターがACE2であることではないだろうか。今後、様々な角度からCOVID-19に関する研究が進むと考えられるが、それが予防薬、ワクチンの早期開発に繋がることを期待したい。

理事長   奥野 良信

(大阪府保険医協会発行「勤務医LETTER」No.147 2020年5月25日 より許諾を得て転載

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