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大阪健康安全基盤研究所

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<論文紹介>危険ドラッグの摂取証明に強力な一手!代謝物の分子構造を解明しました

掲載日:2023年9月26日

私たちは日々、体内で「代謝」という過程を通じてエネルギーを生み出しています。それだけではなく、薬の服用時にも薬成分の代謝が起こり、薬が長く体内に残ることを防いでいます。この代謝過程で生じる代謝物は、危険ドラッグの摂取を証明するために活用されることがあります。この度、ある危険ドラッグの代謝物の構造を解明することに成功しました1)

(この記事は専門家を対象に執筆されたものです)


 

薬物規制後における危険ドラッグ代謝物解明の重要性

危険ドラッグの1種に合成カンナビノイドと呼ばれる大麻の効き目を真似るように人工的に作製された物質があります。当研究所では、CUMYL-THPINACA(クミル-スピナカ)(図1)などのさまざまな合成カンナビノイドの調査にあたり、大阪府と協力して法規制に携わっています2)。薬物規制後、効果的な取締りのためには尿などから薬物摂取した証拠となる薬物の検出が重要となります。

図1. 合成カンナビノイドCUMYL-THPINACAの構造式

図1.合成カンナビノイドCUMYL-THPINACAの構造式

しかし、合成カンナビノイドは速やかに代謝され分解する場合があり、その際は薬物そのものを検出できません。そこで代わりに検出するものが代謝物なのです。代謝物の検出には代謝物の構造情報が必要であり、標準品と呼ばれる構造がすでに分かっている化合物と照合するのが有効です。ところが新しく登場した薬物だと代謝物の標準品がほとんど存在しないため、多くの代謝物は構造推定に留まります。

特に、位置異性体の構造区別は難しいです。CUMYL-THPINACAには、化合物の上部にクミル基というベンゼン環を含む部分構造があります。代謝を受けるとクミル基に水酸基が入ることは報告3)されていますが、具体的にオルト(o)位、メタ(m)位、パラ(p)位のいずれに入るかは不明です(図2)。本研究では、オルト・メタ・パラ異性体の標準品を化学合成して用意することで代謝物の構造決定を試みました。

図2. CUMYL-THPINACAの代謝物構造においてこれまで分かっていた情報と不明点

図2.CUMYL-THPINACAの代謝物構造においてこれまで分かっていた情報と不明点


分析1:位置異性体標準品とCUMYL-THPINACA代謝反応液の保持時間

構造決定には、分子構造が分かっている標準品とCUMYL-THPINACAを代謝させた反応液を分析することが有効です。標準品(オルト標準品、メタ標準品、パラ標準品)は化学合成により作製しました。代謝反応液は肝ミクロソームという肝臓の酵素を抽出した液を使ってCUMYL-THPINACAを代謝させて得ました。これらのサンプルをイオン化により精密な質量を測定できる液体クロマトグラフ-四重極飛行時間型質量分析計(LC-QTOF/MS)を用いて分析しました。

分析データから、CUMYL-THPINACAのモノ水酸化体のH+付加イオン、質量電荷比(m/z) 394.2125に着目したクロマトグラム(時間あたりのイオン検出量)をつくりました(図3)。代謝反応液からは3つのピーク(保持時間が早い順にM1,M2,M3と名付けた)が各標準品と保持時間が同等でした。一見、パラ、メタ、オルト全種類の異性体が存在するように思えますが、偶然他の代謝物ピークと保持時間が合ったのかもしれません。そこで、2つ目の分析としてMS/MSスペクトルを比較しました。

図3.代謝物と標準品の抽出イオンクロマトグラム(抽出m/z : 394.2125) (2023年10月27日追記。パラ標準品とオルト標準品の構造式が入れ替わっていたため修正しました)
図3.代謝物と標準品の抽出イオンクロマトグラム(抽出m/z : 394.2125)
(2023年10月27日追記。パラ標準品とオルト標準品の構造式が入れ替わっていたため修正しました)

分析2:位置異性体標準品とCUMYL-THPINACA代謝反応液のMS/MSスペクトル

LC-QTOF/MSではMS/MS分析と呼ばれる分子構造の決定に役立つ手法が利用できます。MS/MS分析とは質量分析計内で選択したイオンをエネルギーを加えて壊し断片化したイオンを検出する手法です。得られたイオンの情報はMS/MSスペクトルといいます。

代謝反応液から検出されたM1, M2, M3と各標準品に対してMS/MS分析を行い、MS/MSスペクトルを比較しました(図4)。

図4. 代謝物と標準品のMSMSスペクトル。縦軸は一番イオンの存在量が高いものを1とした際の相対存在量を示す。◆は元のイオンを表す。

図4.代謝物と標準品のMSMSスペクトル。縦軸は一番イオンの存在量が高いものを1とした際の相対存在量を示す。◆は元のイオンを表す。

M1のMS/MSスペクトルでは、元のイオンm/z 394から断片化し、m/z 135とm/z 260が検出されました。同様に保持時間が同等だったパラ標準品のスペクトルもm/z 135とm/z 260が確認され、M1とMS/MSスペクトルが一致しました。

M2のMS/MSスペクトルでは、m/z 119とm/z 276が検出されました。一方、同等の保持時間のメタ標準品ではm/z 135とm/z 260が検出されておりM2とは異なるイオンでした。したがって、M2はメタ標準品とMS/MSスペクトルが一致しないことが明らかになりました。

M3のMS/MSスペクトルでは、m/z 119とm/z 276が主に検出されましたが、M2同様に同等の保持時間であったオルト標準品とは異なるイオンが検出されました。つまり、M3はオルト標準品とMS/MSスペクトルが一致しないことが分かりました。

以上の結果から、CUMYL-THPINACAの代謝物は、クミルのパラ位が水酸化された代謝物だと解明されました。


展望

合成カンナビノイドの代謝物の構造を同定することは、薬物摂取の証拠を見つける上で重要な課題です。合成カンナビノイドを含む危険ドラッグの代謝物構造を明確にすることで、より効果的な薬物取締りが可能になることが期待できます。

(本研究の一部はJSPS科研費 JP20K23217・JP22K10521の助成を受けたものです。)

参考

  1. Azuma Y, Doi T, Asada A, Tanaka M, Tagami T. Synthesis and structure determination of a synthetic cannabinoid CUMYL-THPINACA metabolite with differentiation between the ortho-, meta-, and para-hydroxyl positions of the cumyl moiety. Drug Testing and Analysis. in press.
  2. 厚生労働省「危険ドラッグの成分5物質及び1植物種を新たに指定薬物に指定」掲載日:2016年3月9日
    https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000115295.html
  3. Monti MC, Scheurer E, Mercer-Chalmers-Bender K. Phase I in vitro metabolic profiling of the synthetic cannabinoid receptor agonists CUMYL-THPINACA and ADAMANTYL-THPINACA. Metabolites. 2021;11(8):470.

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衛生化学部 医薬品課
電話番号:06-6972-1362