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大阪健康安全基盤研究所

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食品に対する放射線照射の現状と検知法について

掲載日:2019年12月23日

食品に対する放射線照射(以下、照射)は、食品の品質をほとんど損なうことなく殺菌・殺虫等が可能な食品衛生管理技術として、海外においては広く利用されています。一方、日本国内では、馬鈴薯の発芽防止を目的とした照射を除き原則禁止されています。本稿では、食品の照射の現状に触れつつ、弊所で取り組んでいる照射された食品を検知する方法(検知法)の開発について紹介したいと思います。

食品照射とは

食品に対してガンマ線や電子線などの放射線を照射することで、食肉の殺菌や香辛料の殺菌・殺虫、馬鈴薯の発芽防止などといった様々な効果が期待できます。世界における食品照射の処理量は、2013 年の 1 年間でおよそ 100 万トンと推計されています1)。日本国内でも、ガーゼや投薬ビン、ペットボトルキャップなどの、食品以外のものに対する照射滅菌は広く行われています。一方で食品に対しては、馬鈴薯の発芽防止のための照射が例外的に認められている以外は、食品衛生法において禁止されています。しかしながら、腸管出血性大腸菌による食中毒事件の発生を契機に、2012 年以降提供が禁止された牛生レバーに対して、照射が生のまま病原菌を排除できる方法として厚生労働省の研究が実施されるなどしています。また、香辛料に対しての検疫方法としての照射は、加熱水蒸気殺菌などと比べて風味の損失が少ない方法であると認識されています。食品照射に対する安全性については、世界的に様々な検討が実施され、一定の安全性が確立したことから、世界保健機構(WHO)は 1980 年に 10 kGy 以下、1997 年に 30~50 kGy 照射した食品の安全宣言を行っています。ただし、照射による副生成物の存在等、未知のリスクの存在を完全に排除できるものではないことも指摘されています。

食品照射履歴の検知法について

照射を適正に管理するため、検疫所等で輸入食品などに対する照射履歴の検知が行われています。これらの検査には、検知法が不可欠です。現在、厚生労働省は、検知法として、熱ルミネッセンス(TL)法、アルキルシクロブタノン(ACB)法および電子スピン共鳴法(ESR)の 3 種類の方法を通知しています(表)。いずれの方法も照射食品の検知法として優れた特性を備える一方で、適用できる食品に制約があり、対象の食品に応じて使い分ける必要があります。

表. 照射食品検知法(通知法)と当所で開発している新規検知法の比較
  試験法名 検知指標(分析機器) 適用可能な食品要件
通知法1 熱ルミネッセンス(TL)法 ケイ酸塩の熱発光(TL測定装置) ケイ酸塩を含む
通知法2 アルキルシクロブタノン(ACB)法 ACB(GC-MS) 脂質を含む
通知法3 電子スピン共鳴(ESR)法 ラジカル生成(ESR測定装置) 貝殻又は結晶性の糖を含む
本研究 ジヒドロチミジン(DHdThd)法 DHdThd(LC-MS/MS) DNA を含有(広い適用)


当所で開発している新規食品照射履歴検知法について

そこで当研究所では、多様な食品に普遍的に含まれる DNA に着目し、DNA が照射された際に生じる損傷ヌクレオシドを指標とした検知法の開発に取り組んでいます。DNA に放射線が照射されると、DNA 中のチミジン(dThd)残基の一部が損傷ヌクレオシドのひとつであるジヒドロチミジン(DHdThd)残基に変化します(図1)2,3)


食品照射201912_fig1
図1 照射による DHdThd の生成

実際に照射された食品試料から抽出した DNA をヌクレオシドに酵素分解し、得られた試験液を液体クロマトグラフタンデム型質量分析計(LC-MS/MS)で分析したところ、DHdThd 残基は、照射前の食品中の DNA には殆ど含まれず、照射されその線量が増えるにしたがって増加することが認められました(図2)。すなわち、DHdThd 残基は、照射特異性と線量依存性が高いことが認められ、照射履歴の検知を実施することが可能でした。これまでに食肉および魚介類に対する適用性を検討し、新たな検知法(DHdThd法)として活用が期待されると報告してきました4,5)。特に検知指標を DHdThd 残基と dThd 残基との比(DHdThd/dThd)とすることで、抽出された DNA の質の差とそのヌクレオシドへの分解効率の変動による影響を低減させることに成功しました。これにより、照射された線量が不明であっても、既知の線量が照射された試料中との間で DHdThd/dThd を比較することで照射された線量を推定することが可能になります6)。他の検知法にない本法の特性です。さらに使用する LC-MS/MS は、近年、普及が進んでおり、本法は、検疫所をはじめとする様々な分析機関において実施可能であることも強みです。本法は、一定量の DNA を抽出可能な食品であれば、多様な食品に適用できることが示されており7)、現在、香辛料を中心に適用できるよう改良を進めています。海外では、照射は輸入食品の検疫手段として活用が進められています。検疫では殺虫が目的とされるため、照射線量は殺菌を目的とした照射よりも低い線量が適用されます。今後、照射線量が低い場合においても検知できるよう、本法の改良を進める予定です。

食品照射201912_fig2
図2 クロマトグラムの一例
左 : 非照射試料  右 : 照射試料
(DHdThd は2 種類の異性体を持つため、2 本のピークが観測されます。
そのため、DHdThd の総量は異性体の合計として算出しています。)

参考文献

1) 「放射線と食品への利用のことがわかる本」(日本原子力産業協会発行),http://www.jaif.or.jp/cms_admin/wp-content/uploads/2016/03/food-irradiation_pamphlet2016.pdf

2) Furlong, E. A., et al., Biochemistry, 25, 4344-9(1986)

3) Sharpatyi, V. A., et al., J. Radiat. Biol. Relat. Stud. Phys., Chem. Med., 33, 419-23(1978)

4) Fukui, N., et al., Food Chemistry, 216, 186-193 (2017)

5) Fukui, N., et al., Journal of Agricultural and Food Chemistry, 65(42), 9342-9352 (2017)

6) Fujiwara, T., et al., ACS Omega, 4, 12325 (2019)

7) 高取聡ら, 放射線と産業, 146, 30(2019)

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衛生化学部 食品化学1
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