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大阪健康安全基盤研究所

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結核分子疫学:結核の感染経路を明らかにする取り組み

掲載日:2025年2月3日

かつて結核は「不治の病」として恐れられていました。これまでの治療薬の開発や検診による早期発見・早期治療への取り組み、治療体制の整備などの結核対策により、2021年に人口10万人あたりの新規登録患者数が10未満となり日本は結核の低蔓延国になりました。今後は、基本的な結核対策の継続に加えて、地域内での感染拡大を防ぐため、「感染経路や感染の原因を一つ一つ明らかにすること」がますます重要になると考えられます。

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結核分子疫学

結核分子疫学とは、患者の疫学情報(注1)と結核菌の遺伝子情報を組み合わせて調べることで、患者がどこで、誰から感染したのかを明らかにするための方法です。この技術を用いることで、患者同士のつながりを調べることができ、感染の拡大を防ぐための効果的な対策を立てることができます。たとえば、ある地域で同じ遺伝子情報の結核菌に罹った患者が複数発生した場合、その地域で感染が広がっている可能性が考えられます。そのため、こうした情報を基に地域全体での感染対策を講じることが期待されています。現在では、結核分子疫学は多くの自治体で結核対策に取り入れられています[1, 2]
注1疫学情報:氏名、年齢、性別、住所などの他、行動調査(学校や勤務先等も含む)

結核分子疫学における遺伝子検査の手法の進歩

遺伝子検査では、最初に「RFLP(制限酵素断片長多型)」[3]という方法が導入されました。この方法は、結核菌の遺伝子に存在する「IS6110」という特定の配列を用いて菌株の違いを調べる技術です。IS6110のコピー数やその配置の違いを比較することで、菌株ごとの特徴を特定します。しかし、1)結果が画像データとして得られるため異なる施設間での比較が難しい、2)解析に多くの菌量を確保する必要があり、結核菌を増やすために時間がかかる、といった課題がありました。

こうした課題を解決するために導入されたのが「VNTR(縦列反復配列数多型)」[4]です。この方法では、結核菌の遺伝子内に存在する特定の反復配列(VNTR領域)の繰り返し数の違いを調べます。PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を用いて各領域を増幅し、増幅されたDNAの長さから繰り返し配列数を算出します。VNTRはRFLPに比べて、少ないDNA量で検査が可能であり、結果を得るまでの時間が大幅に短縮されました。また、結果が数値データとして得られるため、施設間でのデータ比較も容易になりました。ただし、VNTRは結核菌のゲノム全体ではなく、一部の特定領域に着目しているため、菌株間の違いを全て網羅的に把握できるわけではありません。そのため、同じVNTRパターンを示す菌株群が全く同じ菌であるとは限らないという限界があります。

これらの限界を克服し、より正確な解析を行うために注目されているのが「結核菌ゲノム解析」です。ゲノム解析では、結核菌のすべてのゲノム(約440万塩基対)を対象にして、菌株間の違いを詳細に比較します。ゲノム全体を解読し比較することで、同じVNTRパターンを持つ菌株群を、より詳細に同じ菌であるかどうかを分類できます。また、ゲノム解析により、どの国で多く検出されているタイプかといった菌株の系統的背景が分かり、感染場所や感染源をより詳細に特定するための情報が得られます。

現在、結核菌ゲノム解析は研究的段階にありますが、実際の疫学調査での活用も進んでいます[5]。この技術によって、地域内での感染拡大を防ぐための新たな知見が得られることが期待されています。

 結核分子疫学で大切なこと

結核の感染経路を解明するためには、結核菌の情報だけでは不十分です。最も重要なのは、疫学情報です。結核は感染してから発症するまでに数カ月~数年以上かかるため、どこで感染したかわからないケースがほとんどです。「誰からどこで感染したのか」を追究するためには、発症の2年ほど前までの行動情報を詳細に収集することが必要になります。これらの行動情報は、感染経路や感染源を特定し、地域内で効果的な結核対策を進める上で欠かせません。

このように疫学情報とゲノム解析による結核菌の遺伝子情報を組み合わせることで、「いつ、どこで、誰から感染したのか」をより正確に把握することができるようになります。このアプローチは、感染拡大を防ぎ、地域の感染状況を正確に把握する上で重要です。大安研では、地域社会全体の結核対策を進めるために、これまでの方法に加え、最新のゲノム解析技術を活用した研究に取り組んでいます。

参考文献

1)大阪市:結核分子疫学調査事業実施要領
https://www.city.osaka.lg.jp/kenko/page/0000289256.html

2)結核分子疫学調査の手引き 第一版.2017 年9月修正版https://www.jata.or.jp/dl/pdf/law/2017/09_1.pdf

3)田丸亜貴他、RFLP分析による結核小規模感染事例の疫学的研究
結核 1999 年 74 巻 7 号 p. 555-561
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kekkaku1923/74/7/74_7_555/_pdf

4)Iwamoto T., et al.
Genetic diversity and transmission characteristics of Beijing family strains of Mycobacterium tuberculosis in Peru
PLoS One,2012; 7:e49651

5)瀬戸順次 他、山形県における結核菌ゲノム解析を用いた結核分子疫学調査
感染症学雑誌 2023 年 97 巻 1 号 p. 6-17
https://doi.org/10.11150/kansenshogakuzasshi.e22021


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