トイレのうんちはどこへ行く ~現代都市の縁の下の力持ち下水道と下水処理施設について~
掲載日:2026年8月7日
はじめに
水洗トイレのうんちはレバーの一押しで排水口へ消えてしまいます。普段、この先を考えることはほとんどありませんが、排水口の先は多くが下水道と下水処理施設につながっています。これらの施設は衛生的な現代の生活になくてはならない大切な役割を果たしています。今回は下水道と下水処理施設の歴史を振り返りながら、近年に注目された下水の新たな役割・課題と最新の処理技術について紹介します。
世界における近現代的な下水道と下水処理施設の歴史
近現代的な下水道と下水処理施設は、18世紀後半にイギリスで始まった産業革命を契機に、開発と整備が進みました。産業革命は都市への急速な人口流入をもたらし、都市環境が悪化するとともに、コレラや腸チフス、結核のような感染症の流行が問題となりました。1801年に産業革命が始まったアメリカにおいても同様の問題が発生しました。これらの問題の対策の一つとして、下水を都市から物理的に遠ざけるために合流式下水道#1-1の整備が進められ、下水は河川の下流域や海へ放流されるようになりました。この下水道の整備は、コレラや腸チフスのような腸管感染症の流行の抑制につながりました。しかし、都市化の進展はその後も続き、都市やその周辺地域の環境悪化が再び大きな問題になり、有機物を効率的に分解する下水処理技術の開発が求められました。この対策として、1895年にイギリスで微生物を活用して汚水を処理する腐敗槽が開発され、1908年にアメリカで散水ろ床法#2-1を用いた下水処理施設が世界で初めて導入されました。さらに、1914年にイギリスにおいて、現在の下水処理施設においても標準的に用いられる活性汚泥法#2-2が確立され、導入が進められました1)。現在も活性汚泥法により処理された処理水の多くは、塩素消毒後に河川の下流域や海に放流されています。
#1-1 合流式下水道 汚水と雨水を同じ下水道管に流す方式の下水道。
#2-1 散水ろ床法 排水を砕石やプラスチック製のろ材の上からシャワーのように散布し、ろ材表面に付着した微生物(生物膜)によって有機物を分解・除去する処理法。1891年にアメリカで開発された。
#2-2 活性汚泥法 水中の有機物を好気性微生物の働きを利用して分解・除去する排水処理法。1914年に英国のArdernとLockettによって発明された。
日本や大阪の下水道と下水処理施設の歴史
日本では、1580年代の豊臣秀吉が統治した大坂で、雨水や生活排水を流す太閤下水が整備され、現在の大阪でも現役の施設として知られています (写真1)2)。この時代、し尿は下水道へは流されず、汲み取り式のトイレに一時的に貯蔵されたのちに、発酵処理されて下肥(しもごえ)として農業に利用されました。江戸時代ではし尿の多くが下肥として利用され、非常にサステナブルな社会システムが構築されていました。一方で、あまりに当たり前であまり問題視されていませんでしたが、回虫、鉤虫、鞭虫のような寄生虫の蔓延や悪臭が問題として存在していました。これら寄生虫の問題は化学肥料の普及する近現代まで続きました。

写真1 大阪市「太閤(背割)下水見学施設」
https://www.city.osaka.lg.jp/kensetsu/page/0000010446.html
日本で産業革命が始まった1880年代後半からは欧米と同様に都市への人口集中が進みました。重工業の発達に伴って都市環境の悪化が深刻化して、1900年に旧下水道法が制定されました。大阪市では、明治27年(1894年)に近代的下水道事業の整備が始まり、1940年には近代的な大規模下水処理施設として海老江下水処理場と津守下水処理場が通水を開始しました。このことは”世界で第三番目”の近代的な下水処理施設として新聞記事に取り上げられています(写真2)。さらに、戦後の1958年に制定された(現行)下水道法によって、都市部から下水道(し尿を含む)と活性汚泥法を用いた処理施設の普及が本格的に進み、1980年前後には大阪市の下水道普及率はほぼ100%に達しました。一方で、この頃の大阪府域全体の普及率は30~40%程度にとどまっていました。2000年に大阪府の普及率は85%程度となり、主要都市で概ね整備が完了しました。2024年には大阪府全域の普及率は97.3%に到達しています(全国平均81.8%)。大阪の下水道は早くに整備が進んだ大阪市域では合流式下水道を、遅れて整備された大阪市以外の地域では分流式下水道#1-2を主流に整備が進みました3)。これら施設の普及にともない、古くから使用されていた汲み取り式トイレの多くは水洗式トイレに置き換わり、臭気の問題が大きく改善されました。この記事の冒頭部分のありふれた光景は多くの時間と労力をかけて問題を乗り越えた賜物であることが分かります。現在、特に初期に整備された下水処理施設では老朽化が問題となっており、順次、改築や更新等が進められています。

#1-2 分流式下水道 汚水と雨水を別々の下水道管に流す方式の下水道 。
下水の新たな役割・課題と最新の処理技術
下水道と下水処理施設はこれまでに感染症の制御や都市環境の改善に多大な貢献を果たしてきました。そして、これら施設は現在も依然として衛生的な生活を送るために、なくてはならない大切な施設です。さらに、新型コロナウイルス感染症のパンデミックをきっかけに、下水の新たな役割に注目が集まりました。下水を新型コロナウイルス感染症の地域における流行状況の把握(サーベイランス)に活用するという試みです4)。現在、この手法はさまざまな感染症のサーベイランスに応用が試みられており、多様な感染症の早期探知や地域における流行状況の把握に下水が有用であるとことが示されています。この一方で、微生物学的な解析技術の進歩にともなって、塩素消毒を用いた従来の処理法が薬剤耐性菌の拡散やディフィシル菌感染症(CDI)#3のような感染症の発生に関与することが指摘されるようになりました5, 6)。
新たな微生物学的な危害を低減する処理技術として紫外線(UV)処理やオゾン処理があります。これらの処理はコスト面の課題がありますが、UV処理では紫外発光ダイオード(UV-LED)の実用化、オゾン処理では高効率なオゾン発生装置(オゾナイザ)の開発によって、コスト低減のための技術開発が進んでいます。さらに、精密ろ過膜を用いて活性汚泥を分離する膜活性汚泥法(MBR法)が一部の施設で実用化されています。MBR法は従来法と比較して大腸菌等の細菌をほとんど含まない非常に清澄な処理水が得られます。大阪市では老朽化した下水処理施設の改築更新事業においてMBR法が中浜水処理場 (2021年)と海老江下水処理場 (2023年)に導入されました。中浜下水処理場のMBR法による処理水は、東横堀川に放流されて、東横堀川と道頓堀川の水質改善の一助ともなりました7)。この他の下水に関する取り組みとして、一部自治体では汚泥を原料とする衛生的で安心・安全な肥料(汚泥肥料)を製造して、直接配布または販売を行っていいます8)。
大阪健康安全基盤研究所では大阪府や大阪市の協力のもと、感染症について下水サーベイランスを実施するとともに、先進的な処理方法であるMBR法を含む処理の効果を微生物学的側面から検証しています。
#3 ディフィシル菌感染症(CDI) 抗菌薬やプロトンポンプ阻害剤などの制酸薬の使用等によって消化管微生物叢が撹乱された状態(dysbiosis)で発症する消化管感染症。高齢者、基礎疾患者の罹患が多い。症状は軽度の下痢から中毒性巨大結腸症や腸閉塞によって死に至ることもある。何度も再発を繰り返す場合がある。
さいごに
下水道と下水処理施設は、新たな問題が発生するたびに技術が改良され、数十年以上の期間をかけて導入が進められました。近年、科学技術の進歩やグローバリゼーション、地球温暖化などの問題と関連して、下水道と下水処理施設の新たな課題が顕在化してきました。また、日本の下水道と下水処理施設は順次、改築更新の時期を迎えています。現在の安心・安全な住環境を維持するために、あるいはより安心・安全な住環境を創出するために、下水道や下水処理施設に対する継続的な設備投資が引き続き求められます。本稿が地域の下水道や下水処理施設について興味を持つきっかけになりますと幸いです。
引用文献
1)岩堀惠祐. 活性汚泥法の誕生とその史的変遷. 日本水処理生物学会誌 第58巻 第1号 1-7 (2022)
2)大阪市建設局「大阪市下水道事業経営戦略 [令和3年度~16年度]令和7年3月改定」
3)大阪府「下水道普及率」
4)内閣感染症危機管理統括庁「下水サーベイランス」
6)Danesh Moradigaravand et al. Genomic survey of Clostridium difficile reservoirs in the East of England implicates environmental contamination of wastewater treatment plants by clinical lineages. Microb Genom. 2;4(3) (2018).
お問い合わせ
電話番号:06-6972-1368
