ミクロの微生物をその場で「見る」《どこでも誰でもできる微生物検査法の研究開発》
掲載日:2018年3月23日
私たちの健康と微生物
細菌等の微生物は、肉眼では見えないため、その存在を無視されがちです。しかしながら、微生物は最も身近な生物であり、私たちの皮膚や腸内に常在するとともに、健康に深く関与しています。また、納豆やキムチなど各地固有の発酵食品を作り出し、食文化の一翼を担っています。さらに、環境中の微生物の大部分は分解者として物質循環を支えています。
一方、一部の微生物は感染症の原因として、健康に対する大きな脅威となっています。途上国では依然として、下痢性感染症によって子どもをはじめとする多くの命が失われており、安全な水の供給が必要とされています。一般的な抗生物質が効かなくなった薬剤耐性菌は世界中で猛威を振るっており、30年後には薬剤耐性菌による死亡者数が現在のがんによる死亡者数を超えると推測されています(参考資料1)。また、グローバルな交通の発展により、多くの人と物資が世界中を移動しており、輸入感染症の拡大が懸念されています。国内では、温泉でのレジオネラ肺炎の集団感染や、大量生産された食品による大規模食中毒の発生などが社会問題となっています。
感染症対策においては治療と同等以上に予防が重要であり、環境中の病原微生物について的確に理解する必要があります。その基盤となるのが微生物の検出です。今から約130年前にパスツールやコッホらにより近代細菌学が創始されて以来、細菌の検出には培地を用いて微生物を増やす「培養法」が用いられてきました。しかしながら、ここ20 数年の研究の進展により、身の回りの細菌の大部分が通常の培養法では検出できないことが明らかになっています。また培養法では微生物の検出に数日から数週間を要することから、国内外において、培養に依存しない新手法の重要性が認識されてきています。
微生物の「見える化」
そこで、肉眼では見えない微生物を培養すること無く捉えるための方法として、存在する微生物を可視化し検出する蛍光染色法に着目しました。本方法では蛍光試薬により微生物を染色し、顕微鏡等を用いて検出します(図1)。
図1.蛍光試薬DAPIにより染色した地下水中の細菌(DAPIは菌体内のDNAに結合する)
蛍光染色に要する時間は数分から数十分であり、操作は試料に蛍光試薬を添加するだけなので、特殊な技術を必要としません。また、微生物を肉眼で確認できるので、その存在を認識しやすい点が特長です。ただし、検出にあたっては、顕微鏡用のプレパラートの作製や顕微鏡操作などを必要とする点が課題でした。
そこで、「どこでも誰でも微生物を検出できる」ようにするために、マイクロ流路デバイスに着目しました。マイクロ流路デバイスは、数十マイクロメートル(1マイクロメートルは1ミリメートルの1000分の1)の幅や深さのマイクロ流路を刻んだ数センチメートル四方の小型デバイス(図2)で、その特長として、結果を1~2時間で得ることができる、測定に必要な試料や試薬が少ない(0.1ミリリットル以下)、装置を小型化できる、測定後すぐに殺菌できるので安全性が高いこと等が挙げられます。微生物数の測定にあたっては、マイクロ流路に試料および蛍光試薬を別々に導入し(図2-i)、送液を始めると、これらが「染色部」で混じり合い、試料中の微生物が蛍光染色されます。その後、シース液で流れの幅を調整し(図2-ii)、「検出部」を流れる微生物を計数します(図2-iii)(参考資料2)。
図2.マイクロ流路デバイスを用いた微生物の蛍光染色および検出
実際に冷却塔水中のレジオネラ数を測定している様子が図3です(参考資料2)。ビルの空調に用いられる冷却塔は、清掃管理が不十分な場合にレジオネラが増殖することが知られています。そこで、冷却塔水を実験室に持ち帰ることなく、その場でレジオネラ数を測定するために、持ち運び可能なシステムを作製しました。本方法を用いることにより、対象とする微生物数をその場で90分以内に半自動的に測定することが可能です。このように、「どこでも誰でも微生物を検出できる」システムを研究開発することにより、国内はもとより、検査設備の整っていない途上国、さらには宇宙ステーション内での微生物検査が可能になります。
図3.ポータブル・マイクロ流路システムを用いた冷却塔水中のレジオネラ数の測定
参考資料
1) 厚生労働省 健康局 結核感染症課(https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/kikikanri/H29/1-02.pdf)
2) Yamaguchi, N. et al., Scientific Reports, 7, 3092 (2017).
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