(論文紹介) リアルタイムPCR法による志賀毒素サブタイプ遺伝子の型別
腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic Escherichia coli; EHEC)(図1; 内閣府ホームページ; https://www.fsc.go.jp/sozaishyuu/shokuchuudoku_kenbikyou.data/E_coli_O157_7500-01.jpg)感染症は、感染症法により三類感染症に位置付けられ、全数把握疾患となっています。志賀毒素(Shiga toxin; Stx、ベロ毒素と同義)を産生する大腸菌が本感染症の起因菌で、感染者は無症状から致死的なものまで様々な臨床症状を呈し、腹痛、水溶性下痢、血便、発熱等が主徴となります。さらに感染者の一部は、死亡あるいは腎機能や神経学的障害といった後遺症に至る可能性のある溶血性尿毒症症候群や脳症等の重症合併症を発症します。これら合併症の発症メカニズムは十分には解明されていませんが、腸管内で毒性の強いStxが産生され、これが体内で様々な障害を起こすことによって、全身性の重篤症状を発症すると考えられています。
感染症法に基づく届出基準の一つは、症状の有無にかかわらず糞便からの大腸菌の分離・同定と分離菌におけるStxの確認で、Stx産生性の確認あるいはStx遺伝子の検出が必要となります。そのため、当所細菌課でも国の感染症発生動向調査事業に基づき、大阪府内で分離されるEHECの確認検査を実施しています。
Stxは免疫学的に異なる2種類のStx1とStx2に大別され、さらに抗原性、細胞毒性、アミノ酸配列あるいは塩基配列の違いにより、複数のサブタイプが報告されてきました。しかしながら、研究者間で命名ルールの統一がなされておらず、多くの同義語が存在して混乱の原因となっていました。そこで、WHO Collaborating Centreが、2012年に3つのStx1サブタイプ(Stx1a、Stx1c、Stx1d)と7つのStx2サブタイプ(Stx2a、Stx2b、Stx2c、Stx2d、Stx2e、Stx2f、Stx2g)による名称の統一を提唱しました。3つのStx1サブタイプと7つのStx2サブタイプはすべて、ヒト由来株から検出されていますが、サブタイプの種類によってEHECの病原性は異なることが知られています。Stx1サブタイプのうちStx1a産生株は有症患者から分離されることが多いのに対し、Stx1cおよびStx1d産生株は無症状保菌者からの分離が多く、EHEC感染症との関連は低いと考えられています。また、Stx2サブタイプもStx2a、Stx2c、Stx2dと比較し、Stx2b、Stx2e、Stx2f、Stx2g産生株の病原性は低いと考えられます。
我々のグループはEHEC感染症分離株の同定あるいは食品検査で、Stx遺伝子を網羅的かつ定量的に検出するため、3つのStx1サブタイプ遺伝子の共通塩基配列、Stx2a、Stx2b、Stx2c、Stx2d、Stx2e、Stx2g遺伝子の共通塩基配列ならびにStx2f遺伝子を標的とした3つのリアルタイムPCR法を確立しました(参考文献2)。本方法は、国立感染症研究所が示す病原体検出マニュアル(https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/EHEC20221006.pdf)に収載され、EHEC感染症起因菌の同定に利用されています。また、糞便検体を対象としたスクリーニング検査においてもその有用性が確認されたため(未発表データ)、当所細菌課で実施している接触者検便および食中毒検査においても、本方法を用いています。
さらに、前述したようにStxサブタイプは分離株の病原性を知る上で有用な疫学マーカーとなるため、我々は、3つのStx1サブタイプと7つのStx2サブタイプ遺伝子のそれぞれで特異的配列を標的とした10種類のリアルタイムPCR法を確立しました。また、より簡便な型別法とするため、これらを組み合わせて3組のMultiplexリアルタイムPCR法も同時に報告しました(参考文献3)。本方法は、従来法とほぼ同等の感度および特異度で、より迅速に各Stxサブタイプ遺伝子を型別できることから、EHECによる食中毒や感染症の疫学調査に有用であると考えています。
近年、Stx2h、Stx2i、Stx2j、Stx2k、Stx2lといった新たなStx2サブタイプが報告されており(図2)、大阪府内でもStx2j遺伝子保有株が2021年に分離されました。新たなサブタイプ遺伝子保有株の分離頻度や病原性に関して、今後さらなる調査研究が必要となることから、これらの検出法についての検討を進める予定です。
参考文献
- Scheutz F, Teel LD, Beutin L, Piérard D, Buvens G, Karch H, et al. Multicenter evaluation of a sequence-based protocol for subtyping Shiga toxins and standardizing Stx nomenclature. J Clin Microbiol 2012;50:2951-63.
- Harada T, Iguchi A, Iyoda S, Seto K, Taguchi M, Kumeda Y. Multiplex real-time PCR assays for screening of Shiga toxin 1 and 2 genes, including all known subtypes, and Escherichia coli O26-, O111-, and O157-specific genes in beef and sprout enrichment cultures. J Food Prot 2015;78:1800-11.
- Harada T, Wakabayashi Y, Seto K, Lee K, Iyoda S, Kawatsu K. Real-time PCR assays to detect 10 Shiga toxin subtype (Stx1a, Stx1c, Stx1d, Stx2a, Stx2b, Stx2c, Stx2d, Stx2e, Stx2f, and Stx2g) genes. Diagn Microbiol Infect Dis 2023;115874.
お問い合わせ
電話番号:06-6972-1368