「昔は多かった」細菌性赤痢について
掲載日:2024年10月2日
みなさまは赤痢 (せきり) という感染症をご存じでしょうか。名前の通り、赤色の下痢、つまり血が混じった便が出ることを特徴的な症状とする感染症です。赤痢は、夏によく発生したことから、夏の季語として俳句に用いられることもあります。
赤痢と名前の付く感染症には、寄生虫を原因とする「アメーバ赤痢」と、細菌を原因とする「細菌性赤痢」があります。本記事では細菌性赤痢について紹介します。
細菌性赤痢とは
細菌性赤痢は、腸内細菌科のShigella (シゲラ) 属に分類される細菌 (赤痢菌) が引き起こす感染症です。主な症状として腹痛や下痢、発熱があり、膿粘血便 (膿や血が混じった便) やしぶり腹 (便意は強いがなかなか排便できないこと) が見られることもあります。感染した患者や保菌者は、便の中に赤痢菌が排出されます。それらの便が手指や食品などを汚染し、口から消化管に菌が入ることで感染が広がります。感染者数は世界で、年間8千万から1億6千5百万人と推定されています [1]。うち死者は60万人で、ほとんどが子どもだと考えられています [1]。
赤痢菌は現在、Shigella dysenteriae (志賀赤痢菌)、Shigella flexneri (フレキシネル菌)、Shigella boydii (ボイド菌)、Shigella sonnei (ソンネ菌) の4菌種に分けられます。一般的に、先進国でみられる赤痢菌の多くはソンネ菌で、2番目に多いのがフレキシネル菌です。ボイド菌と志賀赤痢菌はまれで、一部の流行している地域への旅行者で感染がみられます。ソンネ菌による細菌性赤痢は軽症の場合が多いですが、子どもや免疫力の低下している人では重症化する場合があります。
日本における細菌性赤痢の発生状況
日本の細菌性赤痢の患者数は、戦後しばらくは10万人を超えていましたが、衛生環境の改善や抗菌薬の普及により、1960年代以降徐々に減少していきました [2]。2010年から2019年度までは年間100~300例程度発生し、2020年度からはさらに減少しました [3]。国内で発生した細菌性赤痢は、発展途上国などの流行地域で感染した事例が多いですが、中には食中毒事例や保育所等における集団感染事例も報告されています。今年 (2024年) 8月には東京都内の飲食店で食中毒が発生しました [4]。
海外の先進国における薬剤耐性赤痢菌の感染拡大
抗菌薬が効きづらくなった菌を薬剤耐性菌といい、世界中で問題になっています。アメリカでは薬剤耐性をもつ赤痢菌の割合が増えてきており、2019年の薬剤耐性菌に関するレポートでは深刻な脅威の一つに挙げられました [5、6]。そのような中、イギリスで2021年後半から2022年前半にかけて、様々な抗菌薬が効きづらくなったソンネ菌 (広範囲薬剤耐性ソンネ菌) が、特に男性と性行為をする男性 (MSM; men who have sex with men) の間で広まっていると報告されました [7]。世界保健機関 (WHO) によると、同時期にヨーロッパ各地で広範囲薬剤耐性ソンネ菌の感染症が発生しており、イギリスで検出された株との関連性が指摘されています [8]。MSMの方に限りませんが、旅行など海外へ移動する機会が多くなると、感染症が他国へと広がってしまうことがあります。
また、このような性行為を介した赤痢菌の感染経路は、医療従事者でもあまり知られていないことから、MSMの人々だけでなく、医療従事者に対しても啓発活動が重要であると考えられます [7]。
当研究所における細菌性赤痢菌への対応
日本では細菌性赤痢の発生件数が減少しており、細菌性赤痢の検査に習熟した人が年々少なくなっています。しかし、日本国内から赤痢菌がなくなったわけではなく、今なお細菌性赤痢は発生し続けています。薬剤耐性菌の出現やMSM間における流行など、これまでとは異なる問題も出てきました。そのため、細菌性赤痢が発生した際に適切に対応できるよう、日ごろから準備しておくことが大切です。当研究所では、細菌性赤痢の検査技術の継承ならびに検査法の改良に取り組んでいます。また、赤痢菌の薬剤感受性試験や遺伝子の解析など、地域の公衆衛生に寄与する検査や調査研究を実施しています。
参考文献
[1] The Centers for Disease Control and Prevention (CDC) HP CDC Yellow book 2024 Shigellosis
https://wwwnc.cdc.gov/travel/yellowbook/2024/infections-diseases/shigellosis
[2] 国立感染症研究所HP 細菌性赤痢とは
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/406-dysentery-intro.html
[3] 病原微生物検出情報 (IASR) 2022年2月号
https://www.niid.go.jp/niid/ja/dysentery-m/dysentery-iasrtpc/10975-504t.html
[4] 東京都HP 報道発表資料 食中毒の発生について
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2024年08月19日/07.html
[5] The Centers for Disease Control and Prevention (CDC) HP Increase in Extensively Drug-Resistant Shigellosis in the United States
https://emergency.cdc.gov/han/2023/han00486.asp
[6] The Centers for Disease Control and Prevention (CDC) HP 2019 Antibiotic Resistance Threats Report Drug-Resistant Shigella
https://www.cdc.gov/antimicrobial-resistance/media/pdfs/shigella-508.pdf
[7] Hannah Charles, Mateo Prochazka, Katie Thorley, Adam Crewdson, David R Greig, Claire Jenkins, et al. Outbreak of sexually transmitted, extensively drug-resistant Shigella sonnei in the UK, 2021–22: a descriptive epidemiological study. Lancet Infect. Dis. 2022; 22: 1503-1510.
https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(22)00370-X/fulltext
[8] World Health Organization (WHO) HP Extensively drug-resistant Shigella sonnei infections - Europe - European Region (EURO)
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2022-DON364
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