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大阪健康安全基盤研究所

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母子を化学物質による悪影響から守るために

この記事は2年以上前に掲載したものであり、最新の情報と異なっている可能性があります。

生体内に取り込まれた化学物質は、代謝・分解等を経て体外に排泄されますが、子ども(胎児、新生児及び乳幼児)は、その機能が未発達であり、また体の形成・成長過程にあるため化学物質による悪影響に対して高い感受性を示します。このため、母子を中心とした化学物質の人体汚染を明らかにすることは、子どもの健康を守るために重要な課題です。そこで私たちは、母子間の化学物質の移行に関連する母乳等の生体試料を分析し、化学物質を適切に管理するための行政判断に役立つ情報の提供を目指しました。

母乳中のPOPsの長期モニタリング

当所では、1970年代以降、環境中の残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants; POPs)による人体汚染について研究を重ねてきました。ポリ塩化ビフェニル(PCBs)に代表されるPOPsは、化学的に極めて安定であるため、食品等を通じ摂取された当該物質は、長時間かけて人体に蓄積されます。また、脂溶性が高く母乳中に高濃度で移行するため、乳児が授乳を通じてPOPsに曝露されることが危惧されます。

母乳中のPOPsの長期モニタリング調査は、府在住の授乳婦(25から29歳の初産者)より採取した母乳を分析しました。POPsによる母乳汚染濃度は、減少傾向または平衡状態に達していますが、減少率は物質間で大きく異なります。最も汚染レベルが高かった1970年代前半に比べ現在でβ-HCHは約1/25に減少しましたが、総DDTは約1/10、PCBsは1/5と、PCBsの残留性がPOPsの中で最も高いことが分かりました。クロルデン類については、個人差が大きく、他のPOPs濃度との相関もないことから、食物連鎖以外に別の汚染経路(白アリ防除のための家屋散布)の存在が示唆されました。

ダイオキシン類測定は、1973年から2004年まで(1987年を除く)に冷凍保存していた乳脂肪を用いました。ダイオキシン類及びco-PCBsの母乳汚染の推移は同族体・異性体で異なり、PCBs製品及び農薬に由来する当該物質の減少率は大きく、燃焼起源由来する当該物質の減少率は小さいことが確認されました。近年、新たなPOPs候補物質として問題となっている臭素系難燃剤(ポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)、ヘキサブロモシクロドデカン(HBCDs))に関する先行的調査により、その汚染レベルは、需要が高まった1970年代以降に上昇し、DDTやPCBsとは異なる傾向で推移していることを明らかにしました。これら臭素系難燃剤による母乳汚染はクロルデン同様、個人差が大きいことから、その汚染源が魚介類摂取を主とするPCBsやDDTとは異なり、室内環境等による直接的、間接的人体曝露の影響が大きいことを示唆しました。

周産期試料中のフタル酸モノエステル類の分析

1990年代後半に化学物質がホルモンの働きを乱すことにより、生殖系に悪影響を及ぼすという環境ホルモン問題が提起されました。これに取り上げられた化学物質には、POPsのみならず、日常生活関連製品に由来する化学物質も多く含まれており、生殖系の形成o発育過程にある子供への曝露実態の把握が求められました。当所では、日常的に最も高頻度に曝露される化学物質であり、生殖系に悪影響を示すフタル酸モノエステル類(PMEs)の子供への曝露実態を把握するために、東海大学医学部より提供された、周産期に採取した生体試料(血清、母乳及び尿)を分析しました。

主にPMEsは、日常生活関連製品等から放出されたフタル酸ジエステル類(PDEs)を体内に取り込むことによって体内で生成され、その大部分は尿中へと排泄されます。母体及び臍帯血清中のPMEsを分析した結果、双方に検出された当該物質の濃度は近似しており、PMEsは、胎盤を通じて胎児に移行すると考えられました。また、周産期女性のPDEsの曝露量を推定するために尿中のPMEsを分析した結果、PDEsの耐用一日摂取量(TDI)を超える事例はありませんでしたが、主要なPMEsの検出率は100%であり、周産期女性は、PDEsに日常的に曝露されていることが示唆されました。さらに母乳中のPMEsを分析し、乳児のPMEsの一日摂取量を調べたましたが、TDIを超える事例はありませんでした。

化学物質の適切な利用を促し、その悪影響を回避するためには、生体試料中の代謝物を含む化学物質の濃度とその有害性を正しく理解し、科学的根拠に基づく行政判断が下されることが重要です。ダイオキシン類による母乳汚染の経年推移を明らかにした研究は世界的にも例が無く、成果は、国のダイオキシン類規制行政等に貢献しました。また、周産期試料中のフタル酸モノエステル類の分析に関する研究は、日常生活関連製品中に多用される化学物質であるため工業界を巻き込んだ社会的不安が高まるなか、正確かつ客観的な人体汚染に関する情報を行政に還元し、適切な行政判断に役立っています。

なお、本研究は60周年記念地方衛生研究所全国協議会において、生体試料分析グループ(小西良昌、高取聡、北川陽子、阿久津和彦、柿本健作、岡本葉)として、学術貢献賞を受賞しました。

(食品化学課 小西 良昌)

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